山奥の辺鄙な場所にある喫茶店。ある嵐の晩、店のマスターがそろそろ店を閉めようとしていたところに、怪我をした刑事と、彼に捕らえられた女が訪れる。女は1976年に東京で発生した地下鉄爆破事件の容疑者の原真紀子で、秘密裏に警察が護送している途中に何者かに襲われたというのだ。嵐のせいか電話は突然繋がらなくなり、外界から孤立する店内。そこに現れたのは小説家を名乗る怪しい男だった。刑事の乗った車を襲ったのは誰なのか。小説家は本当に事件に関係ないのか。4人がこの喫茶店に集まったのは単なる偶然なのか、それとも…。懐かしくも怪しい空気が漂う昭和の時代を背景に、密室のサスペンス劇が始まる。これが劇団仮面工房 第三十四回公演『囚われの山路』である。

な展開。終盤には派手なアクションまで飛びてて客を驚かし、最後はまさかのどんでん返し。なんとも贅沢な会話劇であった。誰が嘘をついていて誰が真実を語っているのか。いくつもの選択肢が浮かんでは消え、また新たな疑惑が浮かんでくる。通常、こういった嘘に嘘を重ねる複雑な構造の話は頭がついていかず、「なんだか難しくてよく分からない話だったな」で終わりがちなのだが、『囚われの山路』は選択肢の示し方も誘導の仕方も巧みで、ストーリーの転回が見事だった。無理なく客が話に付いてこれるように計算されている。難しい話を書けるだけではなく、理解させられるところに作者の並々ならぬ力量を感じた。

脚本上で特筆すべきは、何と言ってもモチーフとなっている事件への造詣の深さであろう。この物語は1976年に東京で起こり、48名が犠牲となった地下鉄爆破事件が元になっている。犯人であり自殺した原辰夫と、その妻の原真紀子は北朝鮮の工作員である。原真紀子の人生から当時の北朝鮮の庶民の人々の暮らしぶりまでよく調べてあり、彼女が生い立ちを語る場面などは実に引き込まれてしまった。取材がしっかりしているので、原真紀子が秘密裏に輸送されている時に謎の組織に襲われるという、ともすれば滑稽とも思われかねないストーリーでさえリアリティを持って受け入れることができる。当時は北朝鮮で金正日総書記が権力を強め、横田めぐみさんが拉致されるなど、事件や衝突が多発して緊張が高まってきた時代だ。なるほど、このような事件もどこかで本当に起っていたのかもしれない。

作品で歴史上の出来事を扱う場合、どういった切り口で扱うかが重要になってくる。それが近い時代の実際の事件となると尚更だ。『囚われの山路』では、北朝鮮がらみの事件という生々しい題材が見事に料理され、エンターテイメント作品に仕立て上げられていた。よほど普段からこの事件に対して興味を持っていたに違いあるまい。……と思っていたのだが、調べたら東京地下鉄爆破事件なんて存在してなかった。原真紀子も架空の人物のようである。この劇評を書くためにネットで検索するまでまったく気付かなかった。どうりで聞いたことないはずだ。すっかり騙された。なんて意地の悪い作者ではないか。パンフレットに「架空の昭和に起こった事件の容疑者を巡って真相を解明していく物語」とちゃんと書いてあるのを見落としていた私が全面的に悪いのだが。

熊本でギター弾いたりお芝居したりしてます。 あったかハートふれあい劇団、in.K. Musical Studio、劇団妖怪ぶるぶる絵巻。だいたいいつもさみしい。